作品づくり
044/071
作品づくり
クープ・ド・フランスの惨敗の悔しさから以後はそれまで以上に練習に力が入った。仕事が終わった後、一人厨房に残って練習を始め8時の閉店後は自宅に戻って練習を続けた。リベンジのコンクールはアルパジョンである。テーマが決まった「中世」。
完成間近

完成間近

今回は次々とイメージが湧いてきた。前回は理想を追いすぎて失敗したので今回は勝つことを何よりも優先してデザインを考えていった。軸に三本の槍をパスティヤージュで作って高さを出しそこに金色で着色したシュクル・カーボン(炭)で覆った。その槍を軸に飴をリング状の螺旋にして作品に流れを出し、飴細工を飾りつけられるようにして高い場所にまで見せ場を作って360度何処からみても美しく見えるよう配慮した。作品の前面にパスティヤージュで作った鎧を据え迫力を出し、そしてテーマ性を強調した。
日曜日、普段より早く仕事を終えた私はいつものように店でコンクール作品制作に取り掛かったがここで大失敗をしてしまった。土台に使うシュクル・カーボンを実は今まで作った事も見た事も無かった。最近手に入れた稲村省三氏の本に載っていた技術をそのまま拝借しようとしたのだった。シュクル・カーボンとは簡単に言えば砂糖で作る「炭」である。なるほど本にはきちんと大量の煙が発生するので注意しなければいけない事が明記してあるが舐めてかかった。書かれてある通り製作に取り掛かったがその煙の量が半端じゃない。またたく間に厨房が黒煙に包まれ、その煙は厨房から溢れだし上の住宅や近辺まで煙で覆われた。マルシェ(市場)の為、通常は歩行者天国となっている前の通りには大きなサイレンと共に何台もの消防車が駆けつけ、パリ中心部は騒然となっている。完全防備の消防士さんが厨房に駆け込んで来た!。その後ろからはオーナーが血相を変えて入ってくる。 「すみません!細工の為、砂糖を焦がして煙が出てしまいました。すみません!」 必死に誤る私。一瞬強制送還の悪夢が頭をよぎる。オーナーが怒鳴った。 「バカヤロー!」 消防士は事情を把握すると黙って帰っていった。オーナーも一言怒鳴っただけで二度とその事を蒸し返す事は無かった。Chefリオネルからは翌日そのような作業をする際には必ず相談するように言われた。失敗は数知れずあるが在欧8年間で唯一オーナーに叱られた苦い経験となった。
Moyen age-中世

Moyen age-中世

ぼや騒ぎの他はおおむね順調に作業は進んだ。前回アルパジョンで直前に徹夜続きとなった苦い経験から今回は早め早めに準備を進めていった。熱い屋根裏部屋でパンツ一枚で汗だくになりながら繰る日も繰る日も飴を引き続けた。
コンクール前日、夜仕事が終わってから製作に入り多少のハプニングはあったが未明に完成した。人間は通常、精神が集中できるのは2時間が限界であろう。それをはるかに超える精密な作業は並大抵の精神力では乗り越えられない。コンクールにハプニングは付き物でそれをどう克服するかが大切である。
翌日アルパジョンへの車での搬入もうまくいき、台にずらりと並んだ作品を見て「勝てる範囲の作品」に入った事を実感した。作品には三通りの作品がある。「まだ勝てない作品」と「勝てる範囲の作品」。そして「勝つ作品」だ。努力で「勝てる範囲の作品」までは何とか辿りつく事ができる。ここから「勝つ作品」までには大きな壁がある。
結果は4位。壁に挑めるようになった喜びと手ごたえはあったが見事に跳ね返えされた。 この敗戦で一番悔しかった事、それは勝つことにこだわりすぎて本来の私の持ち味が出せ無かった事であった。

Sponsor