TOSHI
004/071
TOSHI
チューリヒの空港から電車に乗り、まずはチューリヒの中央駅まで向かった。チューリヒには3年前に一度来たことがあった。22歳の時にパティシエになる決心をして、1年間大阪の製菓学校に通い、最初に菓子職人として働いたのが「守口プリンスホテル」だった。3年間このホテルでまずパティシエとしての基礎を学び、その後「シェラトンホテル」のオープニングスタッフとして移籍するのだが、この合間にバックパッカーとして約2ヶ月間ヨーロッパを放浪した。まずフランスに入り、その後ベルギー、オランダ、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェイ、オーストリア、スイス、イタリアと回った旅だった。その際チューリヒにも立ち寄ったのだが、この時はまだシャッフハウゼンの事は全く知らなかった。チューリヒでは電車を乗り継いだだけでそのままシャッフハウゼンへと。シャッフハウゼンに近づくにつれて、不思議と気持ちは落ち着いてきた。「もうここまで来たら言葉なんか何とでもなれ。勢いで押し切ってやる。」と糞度胸が据わってきた。

広場と店-左から2番目の建物

いよいよシャッフハウゼンに着いた。大きな荷物や製菓器具はすでに日本から船便で送っていたので身軽なものだ。愛用のリュックを背負うと勢いよくホームへ。ヨーロッパの駅には車内で検札があるので改札というものがない。ホームからそのまま駅の外に出ると晴天のなか7月のキラキラとした太陽が迎えてくれた。日本のようにむっとした暑さも、じめっとした蒸し暑さもそこにはない。駅前の道を渡り、石畳のゆるやかな坂を100mも下ると広場に出た。その広場には花で飾られた噴水があり、また周りに立ち並ぶ中世からそのまま抜け出したような建物の全ての窓にも花が飾られていて、いやが上にもスイスらしさを醸し出している。

広場の一角

地図を送ってもらっていたのでその広場にある店はすぐに見つけることができた。ためらうことなく一気に中まで入って行った私は、片言の英語で日本から来たことを告げエルマティンガー氏を呼んでいただいた。奥の厨房から出て来た氏は「Hello!」と満面の笑みで迎えてくれた。もちろん今日着くことを連絡してあったのだが、この笑顔で私の気持ちもスイスの7月の空のようにカラッと晴れ渡った。早速その時、店にいる人たちに自己紹介を始めた訳だが「TOSHIHIKO」と言ってもどうも皆ピンとこない。呼ぼうとしても皆トンチンカンな事を言って、私も苦笑するしかない。当然「YOROIZUKA」はもっとダメだろう。とっさに言った。

「TOSHIと呼んで下さい。」
実は過去に「トシ」と呼ばれた事は一度もなかった。この時、新たな自分が 『TOSHIとして、スイスに生まれた。』 この後、ヨーロッパにいた約8年間、「YOROIZUKA」という名も「TOSHIHIKO」という名も使われる事は皆無であった。
余程、親しい友人でもこの名を知っている人はほとんどいないであろう。 TOSHIとしてスイスに生まれ、他の何者でもなくただPatissier(Konditorei)TOSHIとして、この後ヨーロッパで生きて行くこととなる。

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