TOSHI MANDEL KRONE
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TOSHI MANDEL KRONE
自分のケーキに気付いたこと。それはシャッハウゼンの人たちにとって「奇麗で美しいとは思っても美味しそう、そして買って食べてみたいとは思わないのではないか。」という事である。
シャッハウゼンの他のコンディトライ(菓子店)を見て廻っても確かにシンプルで素朴なケーキが並んでいて、みんな嬉しそうに買っていく。もう一点気がついた事、それはスイスの洋菓子の値段の付け方である。日本ではケーキの値段の付け方は、店によって区々であるが、スイスでは一定の基準がある。もちろん原価、それに1台を作るのにかかる時間、そして最後に1台ずつ重さを量って値段を付けていく。これらの事を考えると、次に作るケーキの方向性が見えてきた。
「シャッハウゼンの人達に美味しそうに見え、そして買ってみたくなるケーキ。なおかつ自分らしいオリジナリティーをだす事。もちろん食べて美味しく、また買いたくなるケーキであること。最後にリーズナブルな価格になる事。」
何としてでも結果を出してスイスに残らなければならない。29歳にして思い切って仕事を辞め、住居を処分し、車を売り、そして多勢の仲間に盛大に送別会を催してもらって日本を後にしてきた。三ヶ月でおめおめ帰国出来る訳がない。
次の日から新しいテーマでの菓子作りが始まった。何度も試行錯誤をして作り直した。店の上に住んでいる私は店が閉まってからも延々と試作を続けた。そんな私にエルマティンガー氏は毎日のようにサンドイッチやキッシュの差し入れをしてくれた。
その日も通常の仕事を終えて、今度こそという気持ちで菓子作りに入った。通常よりやや折り回数を減らしたパイ生地を引き込み、中にたっぷりクレム・ダマンドを絞り、上にシャッハウゼンの人が大好きな少しシナモンの効いたシュトロイゼル(ソボロ)をふんだんにのせ、パイで包み込むように成型して強火のオーブンに入れた。今日こそは爆発する事もなく、小さ過ぎる事もなく、上手く焼けるだろうか?途中で上のシュトロイゼルが焦げないように温度を落として中心までしっかり焼き込む。75分後、オーブンから出すと、何ともこんがりと美味しそうに焼けている。「これだ!ようやく出来た。」完全に冷めるのが待ちきれなくて、まだ生暖かいまま、エルマティンガー氏のいる事務所に走った。
それを見た彼は「美味しそう!」と言うと、そのままかぶりついて食べ始めた。「うん、とても美味しい。この菓子の名前は?」「まだ決めていません。名づけて下さい」彼は繁々とその菓子を見て名付けた。「TOSHI MANDEL KRONE」
トシ・マンデル・クローネと名付けられたその菓子は翌日から早速、販売された。11時には5台全部完売した。翌日もそして翌々日も。その後この菓子は店の人気商品となり販売され続けた。私には何よりもTOSHIと名前を入れてくれたのが嬉しかった。
3日程たって、事務所に呼び出された私に、エルマティンガー氏は言った。「何とか労働ビザをとれるように努力するので安心して店に残りなさい。」それは帰国予定日の一週間前だった。気が付けば体重も12kg痩せて随分スリムになっていた。現在、この時の「TOSHI MANDEL KRONE」は恵比寿の店の片隅で地味に売っている。大々的に宣伝をして売り出す気は全くないがどんなに売れなくなっても決して止めることはないだろう。

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