「TOSHI」としてスイスに生まれ ー 。 | Vol.14

 Vollenweiderの三ヶ月はあっという間に過ぎ去り、再びErmatingerで働く事になった。前の三ヶ月はケーキの仕上げを担当していたが、今回はパン製造を希望し認めてもらった。パンを希望したのには訳があった。この店のパンはとても美味しく、種類も充実していて学びたかったのがもちろん一番の理由。そしてもう一つの理由、パン担当は深夜1時から出勤して11時頃には仕事が終わる。そしてタイムカードを押せば後は自由の身、それからケーキ部門の仕事を手伝いに行くのである。
ケーキ部門に所属していた頃は、ケーキ部門のシェフの指示で仕事をする訳である。当然、日本で散々やってきた仕事や、雑用も指示に従ってこなしていかなければならない。ところが早朝からパンの仕事を終わらせて、後は勝手に手伝っているのである。何を手伝っても、きちんとした仕事をすれば誰にも文句を言われる事はない。むしろ感謝されるくらいだ。
 こうやってシェフの隣についてスイスの伝統菓子を学んだり、職場内を常に見回して面白そうな仕事や、やった事のない仕事を見つける飛んで行って学んだ。もちろん自分で決めたその日の成果が得られれば、さっさと帰って友人達と遊んだ。日本でもパンの経験は少しあったがスイスでのパンの仕事は最高に楽しかった。スイスではライ麦や黒い全粒粉のパンが主流で、日本のような精製した小麦粉の白いパンは少ない。日本では見かけない全粒粉のクロワッサンは、コクがあってぷちぷちとした食感も良くとても人気があった。
 「黒パン(デュンケルブロート)は心身共に健康な人間をつくる。」これはErmatingerのパンの袋に印刷された100年以上前の版画の文句である。黒パンは誕生日や結婚式にも送られる。幅30cm、長さ2m位の黒パンに、やはりパン生地を使って名前やメッセージを貼り、バラの花や葡萄の実、葉っぱ等を模った物をつけて焼く。これが毎週末、何本も注文が入った。麦の使い方は日本では見たこともない豪快なものもあった。全く精製されていない硬い麦を前日帰る前に20-30kg位、細かい穴のいっぱい開いた小型のドラム缶に入れ、それを水のたっぷり入った缶に漬け込み帰る。朝、出勤した時にこの缶を水の中から引き上げ、2時間程水気をしっかり切り、これをローラーで挽いて生地に練り込むのである。
見るからに栄養もあり体にも良さそうである。こういったパンの売り方は日本のパン屋さんでは考えられないであろう。昼食前、夕食前に皆その日食べる分のパンを買っていく。ほぼ町の人全員がパンを食べるのだから当然その量は莫大である。これほど需要のあるパンだから作る方も大変である。働いてみて驚いた!まるでスポーツである。それもラグビーかバスケットボールの様に。分割など一方の作業台で量ったパン生地をあちこちの作業台へ放り投げていく。それを各自急いで成形していく。なんと職場内でパン生地が飛び交っているのである。それでも決して床に落とすような事はない。バッタン、バッタン動き周り、息つく暇もなく掃除まで一気に終わらせ、気がつくと皆帰っているのである。前にも書いた通りその後、ケーキ部門を手伝いに行くのだが友人に誘われればちょくちょくそのまま飲みに行った。自分への言い訳はドイツ語の勉強と同僚とのコミュニケーションの為であったが、昼間から飲むビールも格別に旨かった。