「TOSHI」としてスイスに生まれ ー 。 | Vol.7

 アルプスの山々から湧き出した水や雪解け水は、せせらぎから小川となり、そして湖へと注ぐ。それがドイツとスイス国境にあるボーデン湖。ここから発するライン川はまず「ライン川の宝石」とも謳われるシュタイン・アム・ラインを通り、そしてシャッウゼンへと流れる。
シャッウゼンの若者はこのライン川が大好きで、夏の間中をこの川の岬で泳いだり、仲間と駄弁ったり、飲んだりしている。毎年、各グループの集まる場所が自然と決まり、そこに行けば皆と会えるという具合である。  この日、皆の仲間に入って泳ぎ飲んだことは、今になって思えば、その後の8年間のヨーロッパ生活を順調に過せる切符を手に入れたようなものだった。こんなちっぽけな事が全てだったように思う。全く言葉が通じないにも関わらず勇気を出して皆の輪の中に入っていけたこと、そして何よりそれが最高に楽しかったこと!  それからは毎日、仕事が終わると着替えて仲間のいるライン川へと急いだ。ライン川の川幅は100m以上で川岸から4~5mも行くともう足が着かなくなり、中心部は大型観光船が運行できるほどかなり深い。おそらく5m以上の深さはあるのだろう。皆、潜ったりわいわい騒ぎながら泳いでいく。泳ぎには自信があったが、これほどにまで大きく流れの速い川で泳いだことは今までにはなく、さすがにビビった。泳いでも泳いでも対岸に近づいてるように思えない、それどころかどんどん下流に流されていく。「ヴォー、ヴォー」と音がした。何かと思えば大型観光船ェ迫ってくるのが分かり、慌てて逃げる。なんとか逃げ切ったと思えば、今度は船が起こした大きな波が押し寄せてくる。慣れてくれば楽しく思えるのだが、まだそんな余裕はない。「4km先の滝まで流されるのでは?」不安がよぎった。平泳ぎからクロールに切り替えてスパート!皆は横でそんな私を見て笑っていて、それを見て私も一安心。川の3分の2くらい迄を泳いで来ると、ようやく少しずつ対岸に近づいて来たのが実感できるようになる。やっとの思いで対岸にたどり着いた時にはもうヘトヘトだった。 日本にいた時はプールで1km位は平気で泳げていたのに、さすがに初めての川となると疲れた。もちろん帰りも泳いで戻るのである。100m程の川を渡るのに200~300m位は下流に流されるので最短距離では泳げない。それでも元の場所に戻れば、重りをして川に沈めておいたよく冷えたビールがある。泳いだ後に飲むこのビールはこれがまた旨い!いったん飲めば当たり前だがもう泳ぐことはしない、ライン川のマナーだ。
時間がある時は、ボーデン湖まで友人の車でビニールボートを積んで行き、シャッハウゼンまで下ったり、橋の上からダイビングしたりして遊んだ。大抵ステファンが店を閉めに戻る7時頃まで毎日泳いでいた。スイスの夏の夜は長く、11時頃まで明るいのである。 それから一緒に店に戻ると、ドイツ語の勉強道具を食堂に持ち込んで勉強の時間だ。食堂で勉強するのには訳があった。もちろん晩飯を作るついでという事もあるが、食堂で勉強をしていると販売員の人が休憩に来たり(店は8時迄)何かの用事で来た時には、必ず皆が興味を持って教えてくれたり、話しかけてくれるからである。部屋で一人でやるよりよっぽど効率がよかったし、販売員の人とも仲良しになれた。時には余ったサンドイッチや夕食を作って持って来てくれたりもした。レストランで食べた事はあったが、スイスの一般家庭の味というのもとても興味深かった。スイスに来ての夕食は毎日自炊している。チーズやソーセージはいろんな種類があり、毎日買い物へ行くのが楽しみだった。 スイスでの生活は毎日が楽しく順風満帆に進んでいた。だがそんなある日、思いもかけない事がおこった…。