美しく、キラキラした夢があるデザート。もうひと工夫の気持ちを大切にして、お菓子を身近なものにしてください。

味を作り出すことを喜びとする

一般的なパイを使用して、中にブルーベリーの煮込みを入れ、アップルパイと同様に焼き上げる。

「私は味を作っていくのが好きなのです。深みがありますよ。何百年も前から作られている菓子でも、形は同じでも、作る人間によって味は違う。しかも、土地柄もあるし、時代性もあるということですね。建築家の心境に似ていますよ」と加藤さん。
仙台の軍人の家に生まれすぐ東京に出て戦中は福島に疎開し、そこで学校を卒業して、学校に行くのをいやがったため、知人の福島のレストランにあずけられたのが、味の道にはいるきっかけとなった。のち、東京へ出て、福岡へも行った。「幼いころから、日本のあちこちの味を知りました。私は食べることに貪欲で、旅先でも、目指す店が見つからないときでも、しつこく捜しあてるので同行者に呆れられることがよくあるのです。味には妥協できないんです」。味は作る人があり、食べる人があり、そこに一致がみられると双方が喜べるのだろう。
 「完全なことはないので、いつも味を捜しているんですね。いま、私の部屋には24人の者がいます。個人の問題であればいいのですが、この一つのチームが味を捜すのに一体となっていけるような職場にしたいと、願っています」と加藤さん。宴会のデザートの仕上げをしていた一人が、「シェフは常にパーフェクトを望むので、仕事に厳しい人です」ともらしていた。
 加藤さんが帝国ホテルに入社してまる10年になる。その間、加藤氏なりにインターナショナルなホテルの名にふさわしい菓子をと、レベルアップをはかってきたが、たしかに手ごたえを感じているという。「いわゆる、街のお菓子屋さんと違うところだが、何十人もが総がかりで作るので、全員が決まった味をいつも作れるようになるには10年かかるということですね」。現在、17階のフォンテンブローとレインボーホールを除いた、すべてのお菓子は、加藤さんの味を表現しているということ。

仕事は段階をふんで覚える

ロータリーのフェスティバルの準備に忙しいあい間に撮影させていただきました。

 「ヨーロッパには、技能者養成校があって訓練はそこで行われていますが、日本では、職場にはいって仕事を覚えるのが一般的。その会社に奉公するという感じがあり、仕事を身につけるために勤めるという考え方が強く残っている」これは、業界一般にいえることだろうが、ホテルには会社のマニアルがあり、個人には社員のマニアルがあるので、それに基づいて仕事は進められているという。
 入社したら、洗い場にはいって自分の仕事をしながら、材料の名前と使い分け、そして管理の仕方、道具の名前と使い方などを覚え、衛生管理の重要性をも身につける。先輩は具体的には個人指導をしないのが普通なので、洗い場にいるときが、仕事の基本を覚えるチャンスになる。このときの本人の注意力のあるなしで、先輩からの引き立ても変わってくる。「しかし、最近は、この洗い場には別職業のパートがはいっているので、この機会もずっとせばまってきています」と加藤さんはいう。
 ホテルのペストリーの部門は、朝食のパンケーキ、トースト、ワッフル、コンポートなどの注文からはじまり、11時までにレストラン、売店に出す製品を仕上げて渡す。午後は宴会に出す製品の仕事、と同時にパイ室ではパイの仕込みなどをやり、4時には仕事を終り、使った器具、床、作業台を洗う。「それぞれに担当者がいるので、新人を助手につけ仕事を覚えてもらい、帝国ホテルの菓子の味を覚えてもらっているのです」。このスケジュール表を細かく立てるのがシェフの仕事になる。

デザートは食事の安らぎ

「お菓子は主食にはなりえない。しかし、食生活の中でのオアシスでしょう。食事は食べなくてはならないものだが、お菓子は、これがなくてもすむものですね。それだけに、食生活の安らぎのものであり、これなくしては食卓の楽しみがないともいえるでしょう。だから、菓子作りは楽しいのですよ」  
加藤さんのこうした菓子作りの信念が、味を作り、デザインをさせるのでしょう。「糖分制限が世の趨勢だからといって、何もかも砂糖を減らしてしまったら、全てが色あせてしまう。10種のケーキを作るとき、その何種かは甘いものを残して、全体のバランスをとるといいと思う。あとはお客さんの選択を待つのが妥当ではないですか?」といいきる加藤さんは、自分の仕事に厳しく生きているのだろう。そこに、材料の吟味があり、機械化をしない手作りの味を自信をもって提供している姿がうかがえる。ちなみに、この室には、ミキサー2台、オーブン2台、大型冷蔵庫、流し台、ガス台しかない。そこに20余の人間が働いているので、外国のホテル関係者が見にきてびっくりするという。  もう一つ、ホテルの仕事はデザート作りが1/3以上になるのが、一般とは違ったところ。「デザートはホテルで食べていただくもので、持ち帰りがないので、おのずと配合が特殊になります。その上、デザートは料理といっしょに出すものなので、メニューの理解がないといけない。そのために、語学や料理の勉強もしていないと、ついていけない」  「料理は、素材をおいしく料理することにつきるのだが、お菓子はデザイン化することができる。これは菓子だけが持っているイメージ…夢を実現するために手をかけることでおいしくすることができる。料理人とは違った喜びが生まれるわけ。ここでお見せするプティフールも、宴会の席を華やげるための一つのデザインで、時代の流れ…ファッションを頭に入れて、デザイン化していく、楽しい仕事ですよ」と加藤さん。

外国にあこがれる気持ちが勉強させた

「福島のレストランで手伝いはじめて、もっと勉強をしっかりしなくてはと思って、神田のエスワイルの大谷さんのところにはいったのです。当時19歳でした。そこで、ヨーロッパ各地の菓子の雑誌にも触れてやはり、本場ヨーロッパに行って勉強しなくては…と思うようになったのです」エスワイルで5年ほどねばり、のち、福岡のロイヤルに何年かいて、ヨーロッパに渡ったのは昭和40年のこと。  当時は、ヨーロッパに修行に行く人もあまり多くなく、あたたかく迎えてもらったという。リッチモンド製菓学校にはいったが、ルツエルンの菓子店で働きながらなので、あめ細工、お菓子、チョコレート、かわき物のコースを受けていますが、間は多少抜けているという。そのあと、スイス、フランスのホテルをまわって修行している。  
「ホテルにはいったら、Certificatをもらうように努力した。これは、社長、チーフのサイン入りで、“この男は使いものになる人材だ”という証明書なのです。これをたくさん持つと、インターナショナルのホテルならびにレストラン、専門店で仕事をするのが楽になるのですよ。いまでは、ほとんど手に入れられないものだけど…」と、そのいくつかを見せてくださった。
 「一つの仕事に取り組んだら、それで生活していく、一生、育っていかなくてはならないという意気込みがないといけないと思う。最近は、それが少ないように思うし、失敗したり、おもしろくないと転職する人も多い。これではプロとはいえないでしょう。まず、生活をすることですよ。○○賞といろいろありますが、こうした賞は、仕事をしたあとについてくるものでしょ。そう思いません?」

掲載誌:(協)全日本洋菓子工業会 発行 「世界の菓子P.C.G.」誌 vol.128 1980年